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東京地方裁判所 平成3年(ヨ)2206号 決定

債権者

韓慶愚

右訴訟代理人弁護士

白谷大吉

徳岡宏一郎

債務者

学校法人東京ビジネス学園

右代表者理事

黄兵衛

債務者

有限会社グレッグ・インターナショナル

右両名訴訟代理人弁護士

後藤昌次郎

小野幸治

主文

一  本件各申立てをいずれも却下する。

二  訴訟費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者が債務者らに対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者らは、各自、債権者に対し、金一一一万五四〇〇円及び平成三年二月から本案判決確定に至るまで毎月末日限り金四三万円を仮に支払え。

第二当裁判所の判断

一  本件事案の経過

当事者間に争いのない事実、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

1  債権者は日本名(通称)を清水慶三といい韓国籍を有する者である。

債務者学校法人東京ビジネス学園(以下「債務者学園」という。)は、教育基本法、学校教育法、私立学校法その他教育に関する法令に従い私立専修学校を設置することを目的とし東京ビジネス外語専門学校、同新宿校及び同横浜校を設置している。

債務者有限会社グレッグ・インターナショナル(以下「債務者グレッグ」という。)は、外国語教育等を目的とし自由が丘、渋谷、宇都宮、高崎等一五か所にグレッグ外語学校を設置している。

債務者学園の理事長及び債務者グレッグの代表取締役である黄兵衛(以下「黄理事長という。)は、債権者のいとこ(債権者の父の姉の子)である。

2  債権者は、黄理事長と同年令で一三、四歳ころまで同人と交際があったが、その後は住居地が離れたせいもあって互いに疎遠となっていたところ、平成元年九月ころ黄理事長と再会した。債権者は、当時仙台市で自営業を営んでいたが、黄理事長の誘いを受けて債務者に勤務することになり、同年一一月二一日付けで債務者学園及び同グレッグと雇用契約を締結し同学園の理事長室室長及び同グレッグの営業部長に就任した。債権者の給与は、債務者ごとの区別なく合わせて月額四三万円、賞与が年二か月分の約定であった。

3  黄理事長は、平成二年五月、債権者に対し、給与月額を二五万円に減額することを申し入れたが、債権者は右措置に納得せず同月分からの給与の受領を拒否して債務者らでの仕事を続けていた。黄理事長は、同年八月ころから、債権者に対し、従前の約束の給与を支払うので債務者らを退職してほしいと申し入れるようになったが、債権者はこれを拒否していた。

4  黄理事長は、平成二年一一月二六日債権者に対し債務者学園及び同グレッグを解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をした。

その後、債務者グレッグは、同年一二月五日に債権者を被供託者として平成二年五月以降の給与、夏期賞与及び解雇予告手当として合計三六一万四六〇〇円(給与額は月額金四三万円で計算。源泉徴収税差引額)を供託したので、債権者は、平成三年一月二五日右金員を給与の内金として受領した。

二  本件解雇の効力

債務者らは、債権者が職務能力を欠如し、日常の勤務が怠慢で職場全体の業務遂行を阻害していたため債務者学園の就業規則三九条四項(学園は、職員の勤務不良、学園の信用、名誉を傷つけるなどの素行不良、その他相当の理由があった場合、当該職員を解雇する。)及び債務者グレッグの就業規則三九条四項(会社は、社員の勤務不良、会社の信用、名誉を傷つけるなどの素行不良、その他相当の理由があった場合、当該職員を解雇する。)に基づき、債権者を普通解雇したものであると主張する。そこで、右解雇の効力について検討するに、当事者間に争いのない事実、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められ、これに反する疎明資料は採用することができない。

1  債権者の職務は債務者グレッグの経営する学校の生徒募集のための宣伝企画、スタッフの教育等であったが、他に夜間の競争同業者の看板を撤去する作業もあった。債権者のこれらの職務の遂行状況は次のとおりであった。

(一) 債権者は、入社後数か月を経過しても仕事の内容を理解できず、注意されると「ちょっと待ってください。まだ三か月しかいないのでよく解らないよ。」、「ちょっと待ってください。まだ四か月なので仕事の内容を理解するところまで行ってませんよ。」と言うばかりであった。このため、債権者の「ちょっと待ってください。」という言葉は、職員間で、仕事のミスをしたり遅れたりしたときに冗談で言う流行語になったほどであった。

(二) 債権者は、本件解雇に至るまで債務者グレッグの経営する学校のシステム、教育内容、入学希望者への案内の仕方について理解できず、この点についてほとんど仕事ができなかった。このため、職員に対する指導研修は営業指導も含めて終始債務者グレッグの大野瓏子教育事業本部部長が代行せざるをえなかった。

(三) 債権者は、次に述べるとおり、右大野部長から業務について企画を組み、プランを立てることを再三にわたり依頼され、サンプルを示されて具体的に助言を受けても、業務処理に時間がかかりすぎて実務が渋滞するため、やむなく大野部長らが仕事を代行せざるを得ない状態であった。

(1) 大野部長は、債権者に対し、債務者グレッグの学生募集の平成二年度春のキャンペーン計画に関し、宣伝のチラシ、はがき等の文書、デザインの作成、債務者グレッグの経営する一五の各学校の枚数割当て、チラシ等の配付に要するアルバイトの人数、アルバイトの募集方法、これらの予算額の算出等について具体的なアドバイスをし、計画書を至急作成提出するように何度も要請したが、債権者はこれを実行しなかった。このため、大野部長は、債権者に代わって計画書を作成せざるをえなかった。

(2) 債権者は、平成二年度秋の学生募集キャンペーンに関し、これに間に合うよう同年八月始めから用意すべき物品の購入作業が遅々として進まなかった。このため債務者グレッグの横浜校のマネージャーの岩本信子が業者と交渉してキャンペーン用の帽子とグレッグの名入りのトレーナーを取りそろえた。また債権者はチラシ配付のための警察署長に対する道路使用許可申請手続も自力でできず、チラシ配付のアルバイトの募集もしなかった。

(四) 債権者の仕事のやり方もすべてにスローペースで非能率的であった。例えば、債務者グレッグでは学生募集と宣伝のため毎年年末に一五校の学校の全校にクリスマスツリーを設置しており、債権者は、平成二年度の右設置手続を担当したが、ツリーと飾りを業者へ発注した際、納品先を各学校ごとに指定せず、全校分を本部のある自由が丘校に納品するよう発注したため、各校への発送に無駄な手間や手違いが起こり、債権者は一か月近くも右作業にかかりきりの状態であった。このような債権者の仕事ぶりに対し、職員からは「この忙しいのにあの人だけがブラブラしていることが許されるのか。」といった不満の声があがっていた。

2  債権者は、午前一〇時前後に出勤することが多く、時には午前一一時過ぎに出勤することがあり、出勤後も所在不明で連絡がとれないことが多かった。

債務者らでは、債権者の入社当初から債権者のタイムカードを設置していたが、債権者は平成二年四月までは、平成元年一二月二六日の出勤時、翌二七日の出勤時に打刻した以外はタイムカードに全く打刻しなかった。債務者らの高橋勝則経理課長は、債権者が黄理事長の親族であることから、当初は遠慮してこの点について言わなかったが、債権者が右のような勤務状態で他の職員が困っており、またタイムカードを打刻しない状態では税務署から実在しない社員に人件費を計上しているのではないかとの疑惑を受けるおそれがあったため、平成二年四月二〇日ころ債権者に対し税務調査に対応できない旨説明してタイムカードに打刻するように求めたところ、債権者は同月二一日の退出時以降ようやくタイムカードに打刻するようになったが、その後も勤務状況は従前と変わらなかった。

3  黄理事長は、債権者がこのような勤務状態であるのに同人に月額四三万円もの賃金を支払っていたのでは他の職員に理由の説明ができないと考え、債権者に対し前記一3のとおり、給与の減額や任意退職を申し入れたが、債権者から拒絶された。その後も債権者の勤務状態には変化がなかったため、黄理事長は、平成二年一〇月ころ債権者の部屋を人目につきにくい二階の奥の部屋から大野部長の目の届く一階の部屋に移動したが、ここでも債権者が同室の女性職員に仕事以外の雑談をしたため、同室の職員の仕事の能率が低下して困るとの苦情が出た。

右認定事実を総合すると、債権者は職務能力に乏しく、勤務状況も不良であったと言わざるをえない。債権者は、債務者らでの勤務中、業務の合理化、能率化を図り多大の貢献をした旨主張し、(証拠略)には右主張に沿う記載があるが、右記載部分は(証拠略)記載に照らし採用することができない。したがって、債権者には、債務者学園の就業規則三九条四項及び債務者グレッグの就業規則三九条四項に定める普通解雇事由がある。

債権者は、債務者らが債権者を解雇した真の理由は、〈1〉債権者が平成二年一一月二一日に債務者グレッグの違法看板の設置について警察署に呼び出しを受けた際その責任をとってこなかったこと、〈2〉債権者が率先して乱れきった債務者らの職場を正し、合理化しようとしたことが、それまで意のままに債務者らの経営を牛耳ってきた黄理事長らの逆鱗に触れたことにあるので本件解雇は解雇権の濫用である旨主張するが、前記認定のとおり、黄理事長が平成二年八月から債権者に対し任意退職を求めていた事実に照らすと、同年一一月に生じた〈1〉の事実が本件解雇の真の理由であったと認めることはできず、〈2〉についてはこのような事実を認めるに足りる疎明はない。したがって、本件解雇が解雇権の濫用であると認めることはできない。

三  そうすると、本件各申立ては被保全権利についての疎明が不十分である。

(裁判官 阿部正幸)

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